同窓会会報白灯 第13号-近況つれづれ

卒業50周年記念クラス会(13回生)を開催

幹事 S.I Y.A  

 

 私達は、昭和36年3月に中大高校(神田錦町校舎)商業科を卒業してから早いもので半世紀・50年の歳月が経過しました。この大きな節目の年に、震災で少し遅れましたが2011年の12月に池袋の割烹(大倉)にて記念クラス会を盛大に開催することが出来ました。

 私達のクラスは卒業後も定期的にクラス会を開いていましたので、名簿もあり比較的容易に準備出来ました。当日何人かの欠席者が出るも、それでも合計16名の出席者がありました。当日は恩師であります栗原先生と山岡先生をご招待して、ご多忙中のところを快くご出席いただきました。

 両先生とも大変お元気です。両先生からは私達が卒業した後の昭和40年代の廃校問題や、今日の中大高の目覚ましい発展に至るまでのお話を伺いました。その間、栗原先生は10代校長として、山岡先生は12代の校長としてそれぞれご活躍されたことはご存じの通りであります。両先生の在職中のご努力に対し、心より敬意を表したいと思います。

 クラス会では、当時の錦町校舎で学んだ4年間の充実した学生生活、有名教師陣(大半が中央大学の教授陣)と勤労学生との授業内容や、苦楽を共にした仲間たちと授業後に足繁く通った近くのラーメン店・竜岡(たつおか)や日本そば店にも話が及びました。特にラーメン店では、キャベツ入りタンメンのスープがこぼれるほどいっぱいにサービスしてくれて、当時の私達貧乏人学生の胃袋を充分満たしてくれた事などの当時の懐かしい思い出話に花が咲きました。

 中締めでは、幹事から両先生と仲間たちのご健康と今後のご活躍を祈願し、遠からずの再会を約束して散会致しました。

森で育む子どもたちの未来~ちいろばの生き方~

内保亘(平成13年度卒 第54回生)

 

 高校時代にふと想った夢が、今このような形で実現するとは、当時露ほども思いませんでした。人生ってそういうものだなと、最近つくづく感じます。人間が予想だにしない意思が、頭上で渦巻いているような感覚。ある時、それが目に見える形で舞い降りてくるのです。

 現在私は、長野県南佐久郡旧八千穂村の大自然の中で、小さな「ようちえん」の園長をしております。園長といってもそんな大それたものではなく、ただ自分で立ち上げたために、代表を務めているにすぎません。園長と呼ばれるのは大げさな気がして、子ども達や保護者には、「わたにぃ」と愛称で呼んでもらっています。

平成25年3月に、妻と共に関東から信州佐久へ移住しました。お互いこれまでの仕事や慣れ親しんだ土地を離れ、更には無収入になるわけですから、それは大きな決断でした。理由は一つ、子ども達に最も自慢のできる大自然の中で、子ども達の成長を見守る人生を送りたいからでした。

 子どもは未来の宝です。私達大人は、教育者であろうとなかろうと、未来を育てるためには、今を生きる、そしてこれからを生きる子ども達の成長を見守る、義(ただ)しい務めがあります。それに気づいてしまった私は、居てもたってもいられず、子ども達が育つ最もふさわしい環境とは何かと、ずっと探し求めていました。そして「自然」こそ、ダイナミックかつ開放感にあふれ、子ども達の身体と感性の成長を最大限に保障するものだと確信したのです。人間は自然物であり、元来は自然と共に生きてきた歴史があり、今も昔も変わらず自然から命を戴いています。自然こそ、人間にとって最も相応しい環境だということは、紛れもない事実です。ここ信州佐久には、思わず首をたれてしまう程の美しい自然が、四方八方至る所に残っています。鮮やかな緑の木々、美味しい湧水、程良い高山性の気候、新鮮な空気、透き通るような空、そして野菜がとにかく美味い。コンクリートジャングル東京からそう遠くない地で、自然の醍醐味を十二分に味わえる場所、それが信州佐久の大きな魅力です。

佐久に来るまでには、様々な悩み・考えが頭の中を渦巻きました。それでも、一歩踏み出す勇気をもってこの地に来てみると、奇跡的にも、私達の志に大いに共感して下さる方々の環が一気に広がりました。その一人ひとりの強力な支援があって、移住してから半年後の平成24年9月23日、「森のようちえん ちいろば」がその産声をあげました。第一期の園児は4人。子ども達は、毎日を自然の懐に抱かれて、地域の方々の顔が思わずほころぶ子どもらしさで、遊びに没頭しています。これまでの悩みも、この子達の笑顔と目覚ましい成長をみると一気に吹っ飛びます。

 「森のようちえん」は、毎日を自然と積極的に関わりながら、自主性と直接体験を大事にすることを共通理念としています。自然の中で自ら発見し、感動し、驚き、遊びを作ること、畑仕事や、米作り、刃物を使って工作やお料理、火遊び、川遊び、雪遊び、山登り・・・自然での活動は、一年を通して多種多様です。大人にとっても魅力的なその一つ一つの活動の積み重ねが、子ども達の、本来の人間らしい「生きる力」を育むのです。

 もちろん、今のままでは採算なんてとれませんよ。地位や名誉、お金は大事かもしれないけど、一度きりの人生だから、自分の想いに極力矛盾なく、大胆に歩みたい一心です。これから、生きるために新しく何をしていこうか考えるのも楽しみです。それも、この自然と、温かい地域のネットワークがあれば何とでもなると、今では本気でそう思うようになりました。

信州佐久は、人と自然が大好きな人にはたまらない土地です。森のようちえんも楽しいですが、山に住む人の日常に触れるのもワクワクします。薪割り、鹿狩り、五右衛門風呂、山菜摘み、川魚掴み取り、野菜作り、スノーモービル・・・そんなこんなに興味のある方は、是非私共を一度訪ねてみてはいかがでしょうか。きっと何か違う、新しい自分を発見できること間違いなしですよ!

中大高に感謝

才木江梨花

 

 中央大学高校第57回生(平成173月卒業)の才木江梨花です。私は、昨年司法試験に合格し、現在は前橋地方裁判所で司法修習をしております。法律実務の仕事に触れ、受験時代には想像もできなかった発見に喜びを感じながら、一人前の法曹になる日を目指し日々努力しています。

 私が法曹を目指した最初のきっかけは、子供の頃に見たテレビドラマの主人公でした。法曹として懸命に働く姿に憧れたのか、単に主人公役の俳優がかっこよかっただけなのか、今となっては覚えていませんが、とにかく「私もああなりたい」と思ったのです。そんな漠然とした動機しかなく、特別な才能があるわけでもない私が、現在、こうして司法修習に励むことができるのは、中央大学高校で出会った人々のおかげでした。

 高校時代、私の夢を聞いた先生方は、「才木さんなら大丈夫。がんばってね。」と、笑顔で私の背中を押してくださいました。大学時代、司法試験を目指すことの大変さを実感し、進路に悩んでいた私が、最終的に夢を追いかけてみようと決意したのは、高校時代の友人たちもまた、それぞれの夢を目指してがんばっていたからでした。ロースクール時代、同級生には話せない不安や弱音を、高校の友人たちに打ち明けると、誰よりも親身になって話を聞いてくれました。「江梨花なら大丈夫に決まってるじゃん。」と、当然のことのように話す友人たちの言葉に、何度救われたかわかりません。

 司法試験の結果発表後、真っ先に集まって私の合格を祝ってくれたのは、他でもない、高校時代の友人たちでした。また、お世話になった高校の先生方に合格を報告しに行くと、先生方はまるで自分のことのように私の合格を喜んでくださいました。そして、先日、私の合格を知った白灯会会長の澤田先生が、白灯会の会合に私を招待してくださいました。白灯会の先輩方は、心から合格をお祝いしてくださるとともに、人生の先輩として、自らの経験を交えながら様々なお話をしてくださいました。

 高校時代が楽しかったのは言うまでもありませんが、高校卒業後もこうして家族のように親身に付き合える先生、先輩、そして友人に出会えたことは、まだまだ人生経験が少ない私にとって、かけがえのない財産です。中央大学高校に入学して本当によかったと、入学から10年が経った今、改めて実感しています。

 

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